ここ最近で有名な先生といえばハーバート大学のサンデル教授でしょう。
白熱する生徒との議論を授業で展開し、哲学というハードルの高い問題をわかりやすく、身近な例も取り上げるという知的好奇心を刺激する授業で、日本でも話題になりました。
哲学で特徴的なのが問題に対して確かな正解がないといこと。
教授が導きたい考えというのはありますが、基本的に皆の答えが間違っているということではないので意見が言いやすく、それぞれの異なる考え意見から、教授の考へと見事に誘導展開されていました。
もともとハーバード大学の学生が討論しているんですから、学生の論調もとてもうまいんですけれどね。
言いよどんだりするとこなく、わかりやすく持論を展開していくんですよね。
学生である彼らのほうが、日本のニュース解説者や専門家の持って回った言い方よりも、聞きやすくて、かつ分かりやすいのは、ディベートなれしているという以上に弁論の重要性を理解し、自己の考えというものが明確であるという感じです。
さて漫画、鈴木先生第七巻では鈴木先生が未婚なのに付き合っている女性にこどもができちゃった問題に対して、先生を追求する生徒同士の白熱の議論が展開されることになります。
これまで生徒の性問題を指導してきただけに、不注意にも子供が出来ちゃったということ、信頼していたり憧れていたりしていた感情から、怒りへと転換して、クラス討議というつるし上げになっていきます。
出来ちゃった婚なんて今では他の世界ではなんと言うこともない問題ですけれど、これが学校の先生となると回りの反応がネガティブなものへと大騒ぎになってしまうのは、生徒の手本とならなくてはという学校ならではでしょうね。
未婚なのに子供が出来てしまうのは問題なのか?
中学生なら問題でしょうけれど、ではなぜ大人で問題なのかと。
先生だから問題だというのは簡単ですけれど、生徒の中にもできちやった婚をした親はいるはずで、安易な答えは、そのような生徒の親にも問題があるのではと、複雑な状況を生んでしまいます。
というわけで正解の見えない大議論が展開されていきます。
まさにサンデル教授がハーバードで大学生を相手に行っている授業のように、鈴木先生の起こした問題を議題に、中学生が議論を展開していくわけです。
これが知的好奇心を刺激されないわけがありません。
サンデル教授の白熱教室があれほど話題になったのなら、鈴木先生ももっと注目されてもいいと思うんですけれどねぇー。
テレビドラマ鈴木先生の人気が今ひとつなのはなぜなんでしょう。
似たような教育理論を実践し指導するサンデル教授と鈴木先生。
ふたりの違いはなんなのか。
鈴木先生もいよいよクライマックスです。